写真展『まだ見ぬ中国』
2008年7月25日[金]〜8月7日[木]
10:30〜18:00[日祝休]
和光並木ホール(銀座・和光並木館5F)
東京都中央区銀座4丁目3-1 TEL.03-3562-2111(代)
http://www.wako.co.jp/info/index.html

ギャラリートーク 
7月26日[土]/8月2日[土]14:00〜

旅の魅力とは?新彊ウイグル自治区

 旅の魅力とは何だろうと思う。
 出発日までの、いろいろな計画をたてている間のわくわく感。
 はたしてどんな旅になるのだろうか。どんな人に会えるのだろうか。泊ま
るホテルはどうなのか。食べ物は大丈夫なのだろうか……。
 何十年も旅をしてきたいまでも、海外への旅立ちの前には、楽しみと不安
とでいろいろな想いを巡らせることになる。これが、私の大いなる旅の楽し
みのひとつになっている。
 それがシルクロードともなれば、旅への想いがもっと大きくなる。

 二〇〇四年の夏の天山北路が、私にとっての初めてのシルクロードへの旅
であったが、その過酷さを含め、旅の内容はいままでの取材とはいろいろな
面で違っていた。
 まず、朝八時前後にホテルを出発し、次の目的地に着くのは、だいたい夜
の七時から八時頃になる。毎日、十二時間前後、四輪駆動の車に乗って悪路
を進む取材が続いたのだから、一週間もすると、背中が板のようになってと
ても辛かった。しかし不思議なもので、人は良き想い出のみが清き水のよう
になって心の底に溜まっていく、いまは、このことさえも、楽しかったと思
えている。
 あの何もないどこまでも続く地平線を見るたびに、人間の小ささ、自分の
さらなる小ささを思った。車から見る風景は何時間走っても変わらず、一日
に何回か胡楊の木が強い陽射しをあびて真白く見えた。胡楊の木は日本の松
のように強く、水のない砂漠でも何百年も生きる木もあるという、よほどの
強い生命力がないとこの地では生き続けられない。同じ風景の中を走り続け
ていると、ふと自分の子供の頃の記憶が呼び覚まされ、家族のことを思い出
し、あるいは、これから自分はどうなっていくのだろうと漠然と思った。
 走れども走れども一軒の家もなければ誰一人に会うこともなく、時々遠く
に砂煙が舞う。寺田寅彦が“天然の無常 ”ということを言っていた。果てし
ない地平線と空を見ているとあの世とこの世の境界を見ているように感じら
れた。変わらない風景の中で、いつしか自分の時間軸も消えていた。








写真+エッセイ集『まだ見ぬ中国』稲越功一
7月26日(土) 全国書店で発売 定価2,200円

A5版 240ページ
カラー写真68点/モノクロ写真52点/エッセイ24篇
NHK出版 
〒150-8081 東京都渋谷区宇田川町41-1
電話0570-000-321〈販売〉


直球勝負 あとがきにかえて

 二〇〇七年の夏。私は長年続けた中国の旅に、一区切りをつけよう
と考えていた。そう思うと、見るもの触れるもののすべてが、これま
で以上に言葉を持っていることに気付かされた。なんでもない雲、道
端の草花、しゃがんでいる老人の姿さえ、輝いて見える。
 すべてが「撮ってくれ」と言っているように思えた。

 人物を撮影する時、今は、若いころのような強引さは消えている。
 カメラを向けた瞬間に、相手との暗黙の意思の疎通があった時のみ、
シャッターを押す。それが今の私の直球勝負である。そうすることで、
これまで見えなかった被写体の持つもうひとつの顔を、不思議に写し
とることができる。
 風景を撮る時も、それは同じである。
 風景が、撮ってほしいと言っているように思えることが、しばしば
あった。
 締めくくりの旅になった青海省では、壮大な風景に驚嘆しながらも
身近で見る何でもないものまでが美しいと思えるようになった。
 青海省の玉樹では夏とはいえいままでに経験したことのない暑さと
広い祭りの場所に放り出された私は放心状態のままで夢遊病者のよう
にふらふらしながらシャッターを押していた。それでも少数民族の華
やかな衣装だけはすぐに眼に入った。
 雲が切れ、真青な空からストレートに射す太陽の光が肌にくい込む
ように痛かった。これだけ暑いと立っていることさえ苦しくて十数分
ですぐに木陰に入った。そこは別世界でさっきまでの暑さが嘘のよう
にひんやり涼しかった。

 十数年に渡って中国の僻地を撮り続けてきたが私の撮った中国はい
ま猛スピードで変りゆく中国とは違い、おそらくこれからもいつまで
も変らないかもしれない中国である。
 変ることだけが決していいことではないと思えた。
 日本でもそうだが変らないでいることの方が勇気がいるし私はかえっ
て豊かだと思った。 
 十年の中国の旅で感じたことは多かったが、やはり常に平穏で変ら
ないなかに本当にやすらぎがあるのだと知った。